2011年01月09日

容疑者Xの献身

うーん。

さっぱり分からない。


というわけで、昨日の土曜プレミアでガリレオシリーズの映画作、「容疑者Xの献身」を見ました。

堤真一の圧倒的なまでのオーラの無さの演技と「天才」らしい紙一重っぷりの演技に脱帽。

トリックに関しては、アリバイトリックと見せかけて〜までは分かってましたが、そのために「○○を増やす」ってとこまでは発想できなかった。

先入観って怖い。

というわけで、全体としてはなかなかいい作品でしたが、オチで個人的には台無しな感じです。

誰とは言わないけど、真犯人の行動がまるで理解出来ない。

あれじゃ、単なる自己陶酔してるだけの弱すぎる人間だろう。

うん、そんなんだからあの糞○○○に付きまとわれるんだろうけどね。


無償の愛、無償の献身が重いってのも分かる。(厳密には無償じゃないけど)

罪の意識が重いってのも分かる。

殺人の罪に苛まれるのも分かる。

でもそこは、それでも苦悩しながらも、フリだけでものうのうと幸せを謳歌するべきだろjk。


あんたがそんな事したら娘の未来はどうなるの。

あんたがそんな事したら容疑者Xの献身と想いはなんだったの。

あんたがそんな事したら○○された歯車さん(仮称)はなんだったの。

一瞬でも考えたのでしょうか。


あー、さっぱり分からない。

何もかも台無しにしてまで罪を背負う意味が分からない。

むしろ台無しにする方が圧倒的に罪深い気がしてならない。

殺人を犯したことはもちろん罪だし、許されることじゃないし、無論償うべきだろう。

でも、だからってその償い(失笑)と言ってしまってもいい行動はなんなのよ。

弱い弱すぎる。

人間そこまで強くないのも分かるけどさ、そこはせめて「強くあろう」とするべきだろ。

まるでそんな姿勢も意思も見えないで、結局、あんな最後だし。

そりゃ、卑怯な人間だって自己嫌悪するだろうし、のうのうと生きてる自分が汚い人間だと想い続けなきゃいけないってことも辛いだろうさ。

でも、それでも、アレだけの思いの上で、アレだけのことをやってのけた容疑者Xを思ったら、あんな行動は取れないと思うんだよなぁ。


卑怯な理論かもしれないが、極端な話、罪を償うってのは裁かれるだけじゃないし。

弁当屋で多くの人のために働き続けるってのも償いだろ?

いづれ出所するであろう容疑者Xのために、その日が来るまで容疑者Xが報われるように頑張り続けることだって償いだろ?

一切献身に報いる意識も無く、頼りっぱなしで、あの終結じゃなぁ。

本当に分からない。

トリックがバレて死体が上がったら、娘が殺人幇助したことだってバレちまうだろjk。

あんたの娘、あの糞野郎のせいで一生殺人者の烙印押されるんだぞ?

っつーか、あんなとこでわざわざ罪を償おうなんて思うなら最初っから自首しろし。

それならそれで、情状酌量の余地だってあったろうし、いづれ出てきた時に容疑者Xが支えてくれたろうし。

それが、あんな事やってからの自首じゃ、犯罪隠蔽の意思ありとみなされちまうって罪は重くなるし、容疑者Xだって殺人罪の死体遺棄で無期だろjk。

ぶっちゃけ、あのエンディングがこの事件における最悪のエンディングでしょ?

考えれば考えるほど、単なる自分勝手な自己陶酔の刹那的行動しか取れない女じゃないか。

本当にこの一言に尽きる。

さっぱり、分からない。
posted by nae at 07:54 | Comment(1) | TrackBack(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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